選挙だか何だか

もう名前もいちいち覚えてられない程、色んな政党が乱立してるね。そういえば、一昔前にも今に似た様な感じの事があったような気がするが。

たまに昔の政治家のインタビューなどを調べたりするけど、何と言うか、今の政治家とは明らかに違う。もちろん人にもよるけど、一言が重いし言葉にも信念がある。一方、テレビで見る面々には、オーラの無さというか、覇気が感じられないんだよね。全く。

それでもメディアがもてはやし、良いイメージを作り上げる顔には票が集まる。でもイメージで投票するってどうなの? 先日そんな話になったもんで聞いてみたところ、「テレビではこう言ってるじゃん」と言われて、ちょっと唖然としてしまった。テレビほど疑ってかからなきゃいけないと思うのだが、やはり未だにテレビの情報というのは「ホンモノ」として脳みそにインプットされやすい様だ。

よく見られる海外紛争のレポートなど「○○○と思われる映像(○○○は場所の名前)」と、ちっちゃっく表示されていたりするが、報道ではあたかもその場所でそのような事が行われているような言い方をしている。何の疑問も持たずに見れば、「あ〜、この国はまたこんな事やって〜・・・」と反応するだろう。

それだけまだテレビの力はデカいって事なんだろうけど、その茶番劇の最たるものが選挙なんじゃないか? 本質的な問題点を論議せずに、表面的に対立したり協力したり、ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っとそんな事ばかり。そして大抵問題となっているのは金の事なのに、なぜ借金が増え続けるのかなんて所は誰も触れない。というか、触れられないんだろうね、きっと。

そこを改善(できないだろうが)しない限り、誰が何をやったって一緒だ。個人も会社も国も地方も、問題の大半は「金」じゃないのか? 公私とあるが、税金を使われる側(給料も含め)は「公」なのだ。それを経済資本主義に毒された輩が「私」にする。公の重さというか尊さが失われているから、もう何でもアリなんだろう。でも今さらそれを取り戻そうなんて言っても、流れがそうなんだから止まらない。きっと行き着く所までいくだろうね、こりゃ。

しかし「借金が10京円を超えました!」となったら気づくのだろうか、「はて、借金とは何ぞや」と。その根本的な原因を取り除かない限り、また同じ茶番が繰り返されるのは想像に難くない。そしてその茶番と一緒に踊るかどうかは、自分たちの自由だ。