Japan

1956年の黒磯

家を掃除していたら、こんな写真が出てきた。

1956年の黒磯

何と1956年5月に撮影された、黒磯の航空写真。当時は黒磯市(現在の那須塩原市)ではなく、黒磯町だったんだね。

馴染みのある方は、どこか分かるだろうか。上の方に流れているのが那珂川、左上部の斜めに道路が通っている所は、現在の黒磯公園だ。真ん中の折り目と並行して左にある道は、国道四号線。現在は旧道で、ちょうど折り目の右辺りにバイパスが通っている。

今やGoogle Earthでいとも簡単に衛星写真が見れるけど、昭和31年の当時、これは貴重な写真だったに違いない。ちなみにこれが2012年の黒磯。

日本の食料自給率について

よく日本の食料自給率は40%だの、いやいやそれはカロリーベースでの数字だから生産額ベースでは70%あるだのと色々と言われているが、実際はどうなんだろう?

農作物を生産する為にはトラクターをはじめ、様々な機械を使うのが今の農業だが、よくよく考えてみるとそれらを動かしているのは石油ではなかろうか? 日本の石油の自給率は2008年で0.15%。また、三大肥料と言われている窒素、リン酸、カリウムのそれぞれの自給率は平成12年度のデータで125%、37%、4%となっている。

はて、この状況で日本の食料自給率は40%(70%なのか、どっちでもいい)と言えるだろうか? 唯一自給率が100%を超えている窒素質肥料だけで、作物は育つのか? つまり、実際の日本の食料自給率は、完全自然農法を除けば1%もないという事ではないだろうか。

農作物以外では、例えば鶏卵は95%と発表されているが、ニワトリの餌である配合飼料はそのほとんどが輸入で、それを考慮すると10%にも満たない。他の家畜についても、同じ様な事が言えるだろう。

では、海に囲まれている日本なのだから「魚は大丈夫だろう!」と思うかもしれないが、漁船も残念な事に石油がないとただの「浮いている物」だ。ある意味では手漕ぎボート以下の存在になってしまう。

春の兆し

だいぶずれこんだ冬もそろそろ終わり、春の兆しがチラホラと。庭を見てみると、何の手入れもしていないのに、クロッカスが自生していて花を咲かせ始めていた。

クロッカス

 

そしてまだ蕾もたくさんあるが、梅の花も咲き始めた。

梅の花

 

随分と長いあいだ茶色い景色しかみていなかった気がするが、こう彩り始めると、やはり元気になるね。

那須はもうすぐ春だ。

ガソリン価格の素朴な疑問

最近ずっと気になっている疑問、それはガソリン(灯油・軽油を含む)の価格についてだ。価格変動が激しい原油だが、おおよそレギュラーガソリンの価格は120円前後だったように思える。それがここ最近では、140円以上の状態がしばらく続いている。

一方で、歴史的な円高と言われている状況が続く今日この頃だが、原油取引は依然ドルで行われている(もちろんユーロや日本円、中国元などの通貨に切換えるという動きはあるが)。ガソリンのそれに当たるドル/円のレートは、だいたいで1ドル=120円としておこう。

と、そこで先の疑問に突き当たる。ざっくり計算ではあるが、レギュラーガソリン120円/Lだったガソリンは1ドル=120円とすれば1ドル/Lとなる。もし原油価格が同じであれば、現在の円高で1ドル=80円とすれば80円/Lになって然るべきではないだろうか?

ところが現実は逆だ。円高なのにガソリンも高い。80円/Lのはずが140円/Lという事は、単純に175%もガソリンが高くなった事になる。これは1973年の第一次オイルショック並の高騰と言えないだろうか?

場違い

某所にて発見。

水田と白鳥

突然水田にいたので慌てて写真を撮ってみたが、どうやら奴らは逃げる様子もなく、ひたすら食事をしていた。

ちょっと見づらいが、さりげなく2羽のカモが紛れている。他を見渡してもカモはいないので、一緒に渡ってきたのだろうか。それとも、自分を白鳥だと思っているのか?

逆みにくいアヒルの子。

2012年

新年あけましておめでとうございます。

2011年は、本当に激動の年だった。良いものも悪いものも、色んなものが一気に吹き出した一年だったのではないだろうか。東日本大震災がキッカケとなり、様々なボロが表面化されたと思う。

2012年はどういう年になるのだろうか。本質的に価値のあるもの、あること、そういう方向にシフトして本当に住み良い日本になっていけばいいなと心から思うし、自分もそのように努力したいと思う。

もちろんまだまだ大変な時期は続くと思うけど、皆さん、本年もどうぞ宜しくお願い致します。

民主主義、多数決の原理の限界

「じゃあ、多数決で決めましょう」というやり方で何かを決めた事は、誰しも経験した事があるかと思う。学校などでも、多数決を採る事は多々あるだろう。

多数決で決まった事は、その決定を望む者が最も多いという事で、つまりの所は功利主義的考えのもと、大多数がこう望んでいるんだから少数は我慢しろという「最大幸福」の事に他ならない。そしてこの方法は、その「大多数」が全体的に正しい方向に進んでいる時は機能するだろうが、それが間違っている場合は実にタチが悪い。今、自分たちが抱えている問題の大多数は、この一見とても素晴らしいと思える方法が実は全く持って機能していない事に、一つ原因があるのではないだろうか。

民主主義と言われる国では、政治家は投票によって選ばれる。そして選ばれた政治家は議会で、選んだ者達の代弁を行う。これは一見とても合理的で、民衆の意見を政治に反映させやすいと思える。しかし先の多数決の例えの様に、その多数の意見が間違っている場合は、その結果が全体をとんでもない方向へ動かしてしまう。(補足: この場合の「正しい」や「間違い」は、その社会が継続的に繁栄するかどうかというもの)

それでは今の日本の現状を見てみると、どうだろう。まともな政策が行えないのは、まさにこの多数決の原理による弊害ではないのだろうか。

山の写真

先日登った、とある山での写真。

 

雲海

写真でも綺麗だけど、実に素晴らしい雲海。

 

たつま

天候にも恵まれ、とても気持ちが良かった。

 

朝もや

こういう景色を目の当たりにすると、ただただ無言になるだけだった。早朝の山が、こんなに気持ちが良いものだったとはね。

 

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